月刊 IKKI に掲載されたものと書き下ろしを集めた短編集、全一巻。
どこか懐かしく感じるようなほのぼのとした絵柄です。ちょっとひねりが利いたオチの喜劇的ものや不条理なもの、しんみりしたものなど色々な作品が収録されていますが、どの作品も飄々とした絶妙の脱力具合。
IKKI らしいというか、子供よりも大人が読んでこそ面白いです。
「意識」を科学的に、つまり脳の神経生理学的事実と齟齬のない形でうまく説明出来ないものか?という難題に取り組んだ本。「意識」の完全解明が出来ました!という内容ではもちろんなく、「神経ダーウィニズム」あるいは「神経細胞郡選択説(略→TNGS)」という大局的な理論・仮説の提唱と展開をしています。
脳の神経生理学的側面からの理論構築と検証が主なので、意識に関する哲学的思索だけを期待して読むと多分肩すかしを食らいます。逆に、私のように主に哲学で扱われるような形で意識について考えていた人間にとっては刺激的でした。というのも、TNGSに従ったところの「意識」に関する見解が、私が触れてきた非常に狭〜い範囲ではありますが、哲学の側からのものとよく馴染むのです。別々のルートで来たのに、行き着いたところはけっこう似てる...?!と感慨に耽りました。
不満な点もあります。物理世界は因果関係において閉じているので、ニューロンの活動や身体動作を因果的に引き起こすことが出来るのは神経活動だけであり、意識は神経プロセスに伴立するもの、意識は神経プロセスの特性であるとエーデルマンは言います。前半の「物理世界は因果関係において閉じているので、ニューロンの活動や身体動作を因果的に引き起こすことが出来るのは神経活動だけ」という部分については、物理学的な世界観を受け入れている限り否定するのは難しいです。しかし後半部分と関連し、いわゆる「哲学的ゾンビ」論(=「意識は神経プロセスに単に随伴するものであり、もし他人がたまたまそれを持っていないとしても、その違いが分からない」)の否定に関しては「意識は神経プロセスに伴立するものだから、哲学的ゾンビは論理的に存在しえない」と連呼するにとどまっています。「ある考え方を採用すれば別の考え方は論理的に成立しえない」という論法は論点先取ではないでしょうか。「なぜ意識は随伴現象ではなく伴立現象なのか、なぜ伴立でなければならないのか」「なぜ意識が因果的効力を持つと我々はかくも強く『誤解』してしまっているのか」という点について私はもう少しつっこんで欲しかったです。また、TNGSを更に押し進めた「拡張TNGS」の検証の可能性を論じるにあたって、意識の現象学的特徴との類似性を挙げている点にも不満が残りました。特にクオリアを例に挙げれば分かり易いですが、脳の神経生理学的観察事実(例えば「痛さ」を感じている時の脳の状態)と意識(「痛さ」)は全く別ものであるのに、「拡張TNGSは意識の現象学的特徴とつじつまが合う」といった仕方で正当性を主張するのはおかしいと思うのですが。
とかなんとか言ってますが、私の知識が乏しかったり理解が浅かったり曲解しているだけかもしれないので、あまり気にしないで下さい。むしろ間違えていたら優しく指摘して下さい...。
とりあえず面白い本です。「縮退」という現象の存在や「脳はコンピューターとは全然違う(=脳をコンピューターで置き換えることなんて不可能なんじゃない?)」という脳の神経生理学的観察事実に基づく指摘には知的興奮を覚えました。
「『意識』についてあまり考えたことがない」「脳の解剖学・神経生理学についてほとんど触れたことがない」という人には取っつきにくい本だと思います。特に前半部分は、TNGSを展開する地ならしとして「意識」「主観」「クオリア」や所謂「心身問題」、また「海馬」「大脳皮質」「視床」「ニューロン」「シナプス」などについての一般的な解説から始まりますから。
ちなみに著者のジェラルド・モーリス・エーデルマンは、1972年にノーベル医学・生理学賞を受賞しているそうです。
近況報告として。
『短編マンガ バニーズほか』笠辺哲 小学館
『大葬儀』駕籠真太郎 太田出版
『デビルマン』永井豪&ダイナミックプロ 講談社漫画文庫
『破戒』原作:松尾スズキ 作画:山本直樹 小学館
『半神』萩尾望都 小学館文庫
『谷岡ヤスジ傑作選 天才の証明』実業之日本社
いずれレビューするかもしれませんがー。
う〜ん、7月だ。
誰がどう見ても7月だ。
なんてこったい。